1 ヴィゴツキーにかんする報告(20241221)
発達心理学会北海道地区懇話会(ヴィゴツキーシンポ) 発表者=神谷栄司(元佛教大学)
ヴィゴツキー(1896-1934)をどのように読む(研究する)のか
― ① 縦への連関と横への連関、
②「知と情」の統一的把握、
③ 使用言語、
そして、わたし自身の反省
〔1〕多様な連関(事実的な連関と理論的な連関)のなかで
ヴィゴツキーの研究姿勢の1つは、研究対象を最初から1つの連関、1つの理論からのみ考察し始めるのではなく、多様な連関において考察し、問題への観点を絞っていくことにあるだろう。その過程の1つの特徴は「形式的一致」や「外〔見〕的類似」を探し出し、そこから対象が含まれる種類やタイプにおける特質を明らかにすることであった。
※「発達の最近接領域」を事例にすると
学齢児の教科教育〔教育と無関係に理解される発達論(ピアジェ)、教育がそのまま発達となる発達論(ジェームズ、ソーンダイク)、両観点の折衷論(コフカ)、最近接領域に近いマッカーシーの考え方の吟味:独力での達成水準と教師・年長者の教示・ヒントのもとでの達成水準〕〔①Проблема обучения и умственного развития в школьном возрасте, 1933/34.〔学齢期における教授・学習と知的発達の問題、土井・神谷共訳『「発達の最近接領域」の理論』第1章、2003〕〕
就学前児の遊び〔現実的世界と想像的世界の隔たり、最小抵抗路線は同時に最大抵抗路線、ルールによる自由の確保:発達の最近接領域の遊び的形式〕〔②Игра и ее роль в психическом развитии ребенка, 1933.〔子どもの心理発達における遊びとその役割、土井・神谷監訳『「人格発達」の理論』第7章、2012〕〕
知的障碍のある子どもの集団〔「発達の最近接領域」の語は使われていないが、知的発達が1段階上位に位置する子どもへの感受性・親和性(たとえば軽度発達障害児にとっての健常児、中度発達障害児にとっての軽度発達障害児)〕〔③Коллектив как фактор развития аномального ребенка, 1931.〔障碍のある子どもの発達の要因としての集団、柴田・宮坂共訳『ヴィゴツキー障害児発達・教育論集』第7章、2006〕〕
類人猿の模倣可能性の領域〔「最近接領域」の語は使われていないが、賢いチンパンジーの個体による他のチンパンジーたちへの道具使用等の伝搬の記述〕〔④Этюды по истории поведения: Обезьяна. Примитив. Ребенок. Гл. 1. 1930.〔行動の歴史にかんする序説 ― 猿、自然人、子ども、1930、神谷・伊藤共訳『猿・自然人・子ども』第1章、2024〕〕
(オープンダイアローグという心理療法における発達の最近接領域〔統合失調症患者とその家族らの当事者と医療チームは対等の関係を保ちつつ、必要に応じて当事者の前で医療チームがレフレクティングを行う。そのレフレクティングが発達の最近接領域を創造する。出典:セイックラら、斎藤環訳・著『オープンダイアローグとは何か』2014年〕)
※知的障碍にかんする概念を事例にすると
慣習的な主知主義
(セガンの主意主義は主知主義批判であるが慣習をくつがえすほどの力はなかった)
精神医学・臨床心理学による主情主義
問題の根源は知にあるのか、情にあるのか。ヴィゴツキーは問題は「知と情」の連関にあると考えた。
・出典 Выготский, Л.С., Проблемы умственной отсталости. 1935〔ヴィゴツキー「知的遅進の問題」、大井・菅田監訳『ヴィゴツキー障害児発達論集』第5章、1982、柴田・宮坂共訳『ヴィゴツキー障害児発達・教育論集』第5章、2006〕
◎その他、多様な連関のなかで、太い線と考えられる連関は、
縦への連関(歴史主義〔下層階と上層階〕)と
横への連関(システム論〔一種の構造主義〕)。
〔2〕が示すように。
〔2〕マルクスとスピノザをめぐる、ヴィゴツキーの命題(メモ書き)より
―「人格発達の壮麗な絵画:自由への道。マルクス主義心理学のなかにスピノザ主義を甦らせること」
※これらの句が含まれているメモ書きの要約〔補足をふくむ〕
「スピノザの思想の稲妻の光によって次のものが照らしだされている」。
形式的に言えば、「意識化による治療。感情と欲望の連関」を特徴とするフロイトに対置されるものは、「スピノザの路線に沿った、わたしたちの概念の研究」である。
内容的に言えば、「人格発達という壮麗な絵画」に描かれているものは「自由への道」である。その経由地は知覚と感情、概念と感情のそれぞれの相互関係(ときにはそのネガティヴな形である、概念の崩壊と感情の崩壊)である。
それを言いかえれば、マルクスの路線にもとづく人間論(思考と言語の発生・発達の相互関係)のなかにスピノザの路線にもとづく人間論(身体・感情・概念のドラマ的システム)を甦らせることである。そこでの「自由への道」とはマルクス(エンゲルス)的な理性的自由〔認識された必然性としての自由〕のなかにスピノザ的な全人格的自由〔「感情を通した隷属」からの解放としての自由〕を甦らせることでもある。
露語
NB! Молнии Спинозовской мысли освещают...
Фрейд - лечение осознанием, связь с аффектом и влечениями. [На полях пометка со стрелкой к «Фрейд»:] Наши исследования о понятиях по спинозовской линии.
Krüger, Köhler - аффект в восприятии.
Понятие аффекта есть активное состояние и есть свобода.
〔←255, 256→〕
Свобода: аффект в понятии.
Аутистистическое мышление. Шизофрения - распад аффектов.
Грандиозная картина развития личности: путь к свободе. Оживить спинозизм в марксистской психологии. 〔2018, с. 255-6〕
出典:Записные книжки Л. С. Выготского. Избранное, М., Канон+, 2018〔ヴィゴツキーのメモ帳〕、なお、Выготский, Л. С. (2006), Два фрагмента из записных книжек Л. С. Выготского, Вестник РГГУ номер 1, p.295〔エリ・エス・ヴィゴツキーのメモ帳からの二つの断片〕が初出であり、2018年版には若干の違いがある。その一部は後述。
上記露文の和訳
注意せよ! スピノザの思想の稲妻の光によって以下のものが照らしだされている。
フロイト ― 意識化による治療、感情と欲望との連関。〔余白のところに、「フロイト」に矢印を引いて〕スピノザの路線にもとづく、概念にかんする私たちの研究。
クリューゲル、ケーラー ― 知覚における感情
感情の概念は、能動的状態であり、自由である。
自由:概念における感情。
自閉的思考。統合失調症 ― 感情の崩壊。
人格発達の壮麗な絵画:自由への道。マルクス主義心理学のなかにスピノザ主義を甦らせること。
この命題の扱いをめぐる私自身の紆余曲折
◎『保育のためのヴィゴツキー理論』2007、p.255
ここでは、上記の命題が掲載された「ロシア国立人文大学紀要」第1号(2006)から、命題の発掘者であるザヴェルシネヴァの論文「ヴィゴツキーの学術著作史の時期区分の問題によせて」の引用・考察をおこなったが、上記命題には言及していない。つまり、直観的には重要性を認めつつも、この命題をどのように位置づけるのかが私のなかでは明瞭ではなかった。
◎『未完のヴィゴツキー理論 ― 甦る心理学のスピノザ』2010、pp.265-6
上記の命題を引用しながら考察したが、その位置づけが情動発達理論のなかにおかれ、まだヴィゴツキー理論の中心部分に位置づけえなかった。そのため、随所にスピノザを登場させたが、ヴィゴツキーの最晩年の理論、そこにおけるスピノザ観による統一性を欠いていた。
◎現在のわたしの観点
この命題が書かれたときの(おそらく1932年ころの)ヴィゴツキーによる理論構築の基軸を表し、最晩年のヴィゴツキー理論の骨組みを示すもの。その視点を活かしながら、次の点を解明しなければならない。
➀ここで言われている「マルクス主義心理学」はヴィゴツキーのどの著作を指しているか。― いまの私自身の解答は、ヴィゴツキー、ルリア『猿・自然人・子ども ― 労働と言語の歴史主義心理学』1930.である。
②「マルクス主義心理学のなかにスピノザ主義を甦らせること」― を念頭におくと、甦らせた心理学理論はどのようなものか。
③「人格発達の壮麗な絵画:自由への道」における自由あるいは自由への道とは何を意味しているのか。
※上記の問い②③へのヒントは、「知性と感情」の統一的連関を解明することにある(「知覚と感情」、「概念と感情」、「自閉的思考と、感情の統合失調症的崩壊」)
◎「スピノザ主義」(知能と感情の統一的把握)の痕跡
・「人間の具体心理学」1929 ドラマを構成する複数の心理システム(たとえば情動と思考のシステム)の衝突
この時点では《情動を制御する思考》のシステム(スピノザ)と《情動によってかき乱される思考》のシステム(フロイトなど)の衝突。のちには後者のシステムもスピノザに由来するものと変更。
・「心理システムについて」1930 個別諸機能のあいだの連関
・「困難児童の発達診断学と児童学的臨床研究」1931, 1936出版 精神医学・障碍学と児童学の隣接領域
・「心理学にかんする講義」1932 ここから個別心理機能を心理システムの観点からの検討
・「情動にかんする学説」1931−1933 心理神経学の状況(前半)、デカルトとスピノザ(後半)
・「心理学と局在論」1934 ゴールドシュテインの所説の検討
・「知的遅進の問題」1935 レヴィンの実験を検討しつつスピノザの観点を軽度知的障碍の研究に導入
・“the study of aphasia, schizophrenia, Alzheimer's disease, Parkinson's disease, and Pick's disease”(Veer&Valsiner, Understanding Vygotsky, 1991, p.75). フェールらはこれらの研究を例示しつつ、ヴィゴツキーの障碍学研究の最後の段階を「臨床心理学へのターン」と特徴づけた。報告者は「一般心理学におけるスピノザ主義の再生」への障碍学(応用心理学)分野での準備過程にあったと仮説的にとらえている。
◎層(階層)理論
文化・歴史理論(歴史主義)における階層性:機能Aの自然的発達+機能Aの文化的発達の建て増し;認知科学のなかに収まる
心理システム論(スピノザ主義、ドラマ・具体性):(可能な組み合わせの1つ)低次の情動+高次の概念;ジャクソンを起源とする心理神経学(スピノザ思想による現代の神経学の再検討と現代の神経学によるスピノザ思想の再検討);1932年の「心理学にかんする講義」
◎(参照)スピノザによる感情の規定
スピノザの『エチカ』のなかには、2 つの感情が書かれている。その 1 つは、簡単にいえば感情とは身体の状態のことであり、身体が積極的または消極的に働き、そのような身体の状態が反映される〔その状態の観念を持 つ〕ことである(『エチカ』第 3 部定義 3)。これは、ラテン語で感情を意味する affectus の語源に「心の状態」と「身体の状態」の双方が認められることに照応している。他の 1 つは、「私たちは誰しも、絶対的ではないにせよ少なくとも部分的に、 明白で明瞭に自己を認識し、自己の感情を認識する能力を持つので、感情から生じる苦悩を最小にする能力を持っている」(『エチカ』第 5部定理 4 備考)こと、それは自由への道であるということなどを内容とする知能と感情の関係である。ジェームズが述べた「粗大情動」と「繊細情動」のような、低次と高次の情動、身体的情動と知的情動など、2 種類の感情は論者によって規定は様々だが、スピノザは 2 種類の感情を 1 つの統一的連関のなかに位置づけた。「自己を認識する」「自己の感情を認識する」能力を持つことが統一的連関の鍵である。事物そのものは、いくらそれを深く認識したとしても、いささかも変化しないが、感情は認識されると変容することがあるからだ。
感情の認識という場合、スピノザはその認識は第3種類の認識としており、いいかえれば、その認識は高次の概念的な認識に該当するだろう。
◎ここに「意識化による治療。感情と欲望の連関」を特徴とするフロイトに対置される「スピノザの路線に沿った、わたしたちの概念の研究」の本質的特徴がある。「意識化」にたいして「概念〔による理解〕」。「感情と欲望の連関」にたいして「身体的現れとしての感情の概念〔による理解〕」。
◎(参照)藤永保『思想と人格 ― 人格心理学への途』1991
実験心理学とパーソナリティ理論
「パーソナリティ理論の始祖であるS・フロイト 、C・G・ユング、W・マクドゥガルらは、いずれも精神医学の出身であり、また自ら臨床的実践に従事した。むろん、完成された体系としてのフロイト学説のなかには、思考過程を左右する動機づけ因子の存在などある種の認識論的な主張が認められないでもないが、それはあくまで結果であって出発点ではない」。
「実験心理学は、実験室という人工的な状況のなかに閉じこめられた人間の示す局部的な行動を探れば、普遍的な心理過程の典型や本質に到達することができると信じていた。これに対して、パーソナリティ研究は、常に現実の生きた人間像そのものに興味をもつ。二つの流れは、水と油のように相接しながらも、けっして融け合わない」〔p.13〕。
ヴィゴツキーの上記の命題は1932年ころ。さらにデカルトの心身二元論さらには思考と延長の〔精神と物質の〕二元論のなかに因果的心理学と記述的心理学の乖離の根源があり、それを哲学的にはスピノザの感情論によって克服可能であることを、感情の哲学的考察によって明らかにしようとした『情動にかんする学説』(神谷・土井・伊藤らの共訳『情動の理論』2006)がヴィゴツキーによって執筆されたのは1931−3年のことである。
◎最晩年のヴィゴツキーの著作とスピノザ
ヴィゴツキーの最晩年の著作のうち、スピノザに直接・間接に関連した著作は、上記『情動の理論〔Учение об эмоциях, 1931-3〕』のほか、以下の3つの障碍学分野の論文がある。
・グラチョワの著作への序文〔Предисловие к книге Е. К. Грачевой〕1932, グラチョワの著作の書名はВоспитание и обучение глубоко отсталого ребенка.〔重度知的障碍児の教育と教授・学習〕。
「カール・ビューラーは......もっとも初期の年齡期における全発達過程を人間生成(Menschwerdung)の過程と呼んだ。人間生成の時代は、後の人間発達の時代よりも規定的で重要である」。с.397〔大井・菅田監訳『障害児発達論集』p.82、柴田・宮坂訳『障害児発達・教育論集』p.196〕
・ピック病における知的障碍〔もしくは認知症〕〔Слабоумие при болезни Пика. Резюме.〕1933。
重症の認知症への考察のまとめ。基本的な感情的変調と基本的な知的変調とのユニークさ、失語症患者との相違を考察しつつ、「人間に固有な、動的な意味システムや、このシステムの保存性・全体性を保障する動的な思考から動的な行為へ、あるいは逆に動的な行為から動的な思考へという移行を破壊」と特徴づけられている。失語症患者の考察や、そうした考察に近いヴィゴツキー「統合失調症の心理学の問題について」К проблеме психологии шизофрении. 1932(中村和夫訳、『心理科学』2020年41巻2号)と比較すること。
・「知的遅進の問題」1935。 レヴィンの実験を検討しつつスピノザの観点を軽度知的障碍の研究に導入〔大井・菅田監訳、柴田・宮坂訳に収録〕
◎(補足)ヴィゴツキーにおけるマルクスとスピノザの関係
※「マルクス主義心理学のなかにスピノザ主義を甦らせること」:これがヴィゴツキーにおける両者の関係のもっとも一般的な原理
※補足すれば、《マルクスからスピノザへ》ではない。
※(わたしの仮説的理解)マルクスの人間論をスピノザ主義(この場合は知性と感情の統一性)によって豊かにしようとした:『猿・自然人・子ども』第1章 ― 動物の攻撃と逃走のなかに情動の原像がある。条件反射のなかに個(体)の原像がある。
したがって、自然人から始める文化・歴史主義ではなく、人類史はもちろん生物進化をも視野においた歴史主義。そこにもスピノザ再生への手がかりがある。
〔3〕研究に用いる言語 翻訳者としての自戒
◎「著者が書いた言語で読む」という原則とその反証(若干のエピソード)
エピソード1 『源氏物語』は英訳(ウェイリー訳)によって世界文学となった。
エピソード2 レヴィ=ストロースは日本語はできなかったが見事な日本論を構築した〔『月の裏側』〕。
エピソード3 デカルトはフランス語(一部はラテン語)でなければ理解できないのか。2つの条件があれば訳によってよく理解できる。野田又夫は文法的、意味的な面の双方において英訳・露訳を凌駕。
◎略語 Sch について
上述のヴィゴツキーのメモ書き中の “Sch”について。ヴィゴツキーが実際に書いたと考えられる2006の『メモ帳』には
Аутист. мышление.
Sch распад аффектов
と書かれているが、2018の『メモ帳』では
Аутистистическое мышление. Шизофрения ― распад аффектов.
〔邦訳:自閉的思考。統合失調症 ― 感情の崩壊〕
というようにロシア語として整えられている。
しかし、そこには2006、2018の『メモ帳』を編集したザヴェルシネヴァらの解釈が現れている。
ザヴェルシネヴァらは“Sch”を名詞〔шизофрение、Schizophrenie〕ととらえて“Шизофрение ― распад аффектов”とうように句ではなく文としている(―の付け加え)。直前の行のАутист. Мышление 〔Аутистическое мышление〕の句と対をなすと考えると、むしろ形容詞〔шизоидный、schizoid〕ととらえることが妥当かもしれない。すなわち、Шизоидный распад аффектов〔感情の統合失調症的崩壊〕である。その場合には、
Аутистистическое мышление.
Шизоидный распад аффектов.
〔自閉的思考。
感情の統合失調症的崩壊。〕
この解釈の方が、思考と感情が対をなし、解釈がより精密であると考えられる。
ちなみに、この形容詞Шизоидныйは“Диагностика развития и педологическая клиника трудного детства”(困難児童の発達診断学と児童学的臨床研究、1931)のなかで多用されている。
◎ Понятие〔概念〕 と To understand
2018年のЗаписные книжки Л. С. Выготского, Избранное〔ヴィゴツキーのメモ帳〕と同じ編者ザヴェルシネヴァとフェールによって、英訳版のVygotsky's Notebooks A selectionが同年に出版された。
上記命題の英訳のうち1つの気になる箇所を検討しておこう。
«To understand the affect is an active condition and is freedom.» の露文オリジナルは«Понятие аффекта есть активное состояние и есть свобода»〔感情の概念は能動的状態であり自由である〕。«Понятие аффекта»は«Понять аффект»と動詞化した名詞にすることができるので、この英訳«To understand the affect»は文法的に可能である。
したがって上記の英訳は間違っていないが、しかし問題は文脈的意味の観点から«to understand»が精密な訳であるかどうかである。
上記の«To understand...»〔露語では«Понятие...»〕の直後には «Freedom: the affect in the concept.»〔露語では«Свобода: аффект в понятии.»〕と書かれている。ここで鍵になるのは«concept»〔«понятие»、概念〕であるので、«to understand»では一般的にすぎる。より精密に英訳すれば«to understand through the concepts»もしくはto understand conceptuallyと言ったところか。その訳は、感情の概念による理解、上述したスピノザの『エチカ』第5部定理4備考が高次の概念(第3種類の認識)にもとづく感情理解を意味していることに通じるであろう。
また«to understand»が一般的すぎるために、スピノザのフロイトとの対置〔понятие и осознание, 概念と意識化〕がぼやけてしまうという弊害もある。
◎偶然見つけたこと 学問領域のカップリング(記述性と因果性)
ヴィゴツキー「困難児童の発達診断学と児童学的臨床研究」1931 年執筆、1936 年出版
〔Диагностика развития и педологическая клиника трудного детства 1931, 1936〕
下記露文の太字と赤字の部分の邦訳とコメント
〔こうして、わたしたちは次のように結論づけることができるだろう。 発達の問題が表現型の連関から ― 遺伝〔もしくは発生〕型の連関への移行にむけて学問を前進させるだけではない。因果性とあらゆる種類の現実的連関とにかんする問題の研究も、たえず究極的には、生物学、物理学と数学、歴史学と経済学におけるしかるべき概念の形成に移行することを前提としている。この命題は心理学にとってもきわめて大きな意義をもっている。〕
※コメント
上記の文が書かれている文脈は次のものである。 生物学では表現型にもとづく分類から遺伝(もしくは発生)型にもとづく分類に変化してきている。たとえば、表現型から言えばクジラは魚類だが、遺伝(発生)型から言えば哺乳類である。もちろん今日では哺乳類の分類が一般的である。これは生物学における表現型と遺伝(発生)型だけでなく、より一般的には記述性と因果性の問題である。このような観点からヴィゴツキーは各学問領域を考察しようとしている。
下記の邦訳 1、英訳、邦訳 2 はおしなべて、「生物学」「物理学」「数学」「歴史学」「経済学」が同格に扱われ、並列的である。ところがロシア語の原文では、「物理学と数学」「歴史学と経済学」というようにカップリングされている〔в биологии, в физике и математике, в истории и экономике〕〔英語に直訳するなら、in biology, in physics & mathematics, in history & economics〕。
そのカップリングされた学問領域のなかに、生物学のなかに表現型と遺伝(発生)型が含まれているのと同様に、記述的側面と因果的側面が含まれていることを示している。それは『心理学の危機の歴史的意味』や『情動の理論』のなかで描かれたヴィゴツキーの学問観と共通している。そうした観点が下記の 3 つの翻訳には欠落している。
※なお、ロシア語の原文は次のものである。
Таким образом, мы вправе заключить, что не только проблемы развития толкают науку на переход от фенотипических к генотипическим связям, но и исследование проблемы причинности и реальных связей всевозможного рода всегда в конечном счете предполагает переход к образованию соответствующих понятий в биологии, в физике и математике, в истории и экономике. Это положение имеет не меньшее значение и для психологии... {1995, с.206}
邦訳 1 大井・菅田監訳、ぶどう社、1982、『ヴィゴツキー障害児発達論集』
このようにわれわれには、発達の問題のみが科学を表現型的関係から発生型的関係へ移行することを促したのではなく、ありとあらゆる種類の因果関係と実際的関係の問題の研究もまた結局、生物学のみならず物理学、数学、歴史学、経済学においても同様に、そのような概念の形成の移行を常に最終的には前提としている、と結論づけることができる。〔改行〕この命題は心理学にとっても少なからず意義をもっている。〔p.188〕
英訳 The collected works of L. S. Vygotsky, Vol.2, 1993
Thus, we would be correct in concluding that it is not only developmental problems which push science toward the transition from phenotypical to genotypical concepts. In fact, research into causality and into real relationships of all kinds will always require movement toward the formation of corresponding concepts in biology, physics, math, history and economics. This situation is no less significant for psychology ... 〔p.246〕
邦訳 2 柴田・宮坂共訳、新読書社、2006、『障害児発達・教育論集』
このようにして私たちは、発達の問題だけが科学を表現型的関連から発生型的関連への移行を促したのではなく、ありとあらゆる種類の因果関係と実際的関係の問題の研究が、生物学、物理学、数学、歴史学、経済学においても、しかるべき概念の形成への移行を常に最終的には前提としている、と結論づけることができる。〔改行〕この命題は心理学にとっても少なからざる意義をもっている。〔p.211〕
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